「舟っこ流し」の行事内容
2025(令和7)年度の舟っこ流しと花火大会の開催要項等につきましては、
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詳しくは 会長あいさつ もご参照ください。
舟っこ流し
町内会が中心となって子供会なども協力して舟を作ります。
舟は竜の形をしているものが多いです。
お札や遺影を貼り、提灯や供物などで飾りたてます。
舟は明治橋上流に集められ、儀式のあと有志がひいて一艘ずつ川へ流され、火をつけます。
燃えながら流れる舟は明治橋で燃えつきます。
舟っこ流しの始まりは、今からおよそ300年ほど前、盛岡藩四代藩主 南部行信の七女 麻久子姫が川施餓鬼(かわせがき)の大法事を行ったものとされています。
1815年に津志田遊郭の遊女たちが乗った舟が氾濫した北上川で転覆し、溺れ死んだ霊を慰めるため、舟に位牌と供物を乗せて流すようになり、以後盛んに行われるようになりました。
今では祖先の霊を送り、無病息災を祈る行事となっています。
投げ松明
盛岡舟っこ流し行事の一つとして「投げ松明(なげたいまつ)」があります。
「蜂の巣」と呼ばれる麦わらであんだ籠を載せた、高さ 8m もある竿を川原に立てます。
舟っこ流しを終えた日没になると、手に松明をもって集まった子供達が、投げ入れの合図とともに点火した松明を片手でクルクルと回しながら、頭上の蜂の巣目がけて投げ合うのが投げ松明です。
うまく松明が命中すると、蜂の巣が天空で火の塊となって燃え上がります。
燃えつきたあと竿を揺さぶると、あたかもクス玉を割ったように火の粉が折からの風にのって飛び散っていく様はまことに見事であります。
もともとは山梨県南部町が由来とされておりますが、平成9年(1997年)盛岡城築城400年記念として盛岡でも行われることになった祭りです。
舟っこ流しがおわり、花火大会までの間に行われます。
なお、投げ松明は平成20・21年(2008・2009年)と一時中断があり、平成22年(2010年)より再開しております。

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